ビックバン直後の宇宙の姿、クォーク・グルーオンプラズマ (QGP)

ビックバン宇宙論によると、現在の我々の宇宙の年齢は 137 億年と言われています。 それではビックバン直後の宇宙はどんな姿だったのでしょうか?図1は、宇宙開闢である ビックバンから、現在の我々の宇宙までの歴史を示したものです。ビックバンをの時刻を t = 0.0 秒とし、基準とします。現在の宇宙論では、t = 10^-37 秒に宇宙のインフレーション 急激膨張が生じ、その後、素粒子であるクォーク対やグルーオン、光子、電子などのレプトン が生成されたと考えられています。t=10^-6 – 10^-5 秒 (数μ秒から数10μ秒; 1μ秒は 10^-6 秒) では、これらの素粒子はばらばら、つまりクォークとグルーオンがプラズマ状態であったと 考えられています。この状態のことをクォーク・グルーオンプラズマ (Quark Gluon Plasma, QGP) と呼びます。

その後、宇宙膨張とともに宇宙の温度は冷え、t= 3分になると、クォークやグルーオンから、 陽子や中性子、ヘリウム (He) やリチウム (Li) などと軽い元素の原子核が生成されたと 考えられています(ビックバン元素合成)。t = 30 万年になると、今度は陽子や軽い原子核が 電子をまとう様になり、中性原子になります。この時点で、これまで電子との散乱よって遮られていた 光子(光)が透過するようになります。これが今、我々が 4K の宇宙背景放射として見ているビックバン から30万年後の宇宙の名残に他なりません。この時点のことを「宇宙の晴れ上がり」と言います。 その後、t = 10-100 億年で原子銀河の形成や、超新星爆発による重元素の合成 (r プロセス) などが進み、現在の宇宙、つまりt =137億年の宇宙に至っています。

その宇宙温度の時間変化をみたのが、図2です。この図からも、クォーク・グルーオンプラズマとは、 ビックバンから数10マイクロ秒後の宇宙初期に存在したと考えられる、「素粒子の火の玉」だと 言えます。

実験室上でQGPを生成する

それではこのQGPを実験室上で作るは出来るのでしょうか?もちろん宇宙ビックバンを 再現することはできませんので、生成できるのは非常に小さな時間的、空間的スケールになります。

現在我々の物質は、原子からなり、原子は原子核と電子で構成されています。原子核は 陽子と中性子(総称して核子と呼ぶ)からなり、核子はクォークとグルーオンという 素粒子で構成されています。ところが、クォークやグルーオンの間に働く物理法則である 量子色力学 (Quantum Chromo-Dynamics QCD) の性質により、クォークやグルーオンは、 それらを単体で核子から取り出すことができない、という非常に特異な性質を持っています。 これを「クォークの閉じ込め」と言います。したがって、通常の温度や密度では、このクォーク の閉じ込めの性質のために、QGPを生成することはできません。

そこで考えられたのが、高エネルギー重イオン衝突実験です。量子色力学のもう一つの特徴は、 温度を非常に高くする、もしくは密度を非常に高くすると、その閉じ込めが破れる、という 性質です。そこで重イオン、すなわち鉛などの重い原子核同士を高エネルギーで衝突させ、 高温・高密度物質を生成する試みが、1980年代より本格的に始まりました。衝突させるのは 原子核同士ですので、十分大きな体積でかつ、高エネルギーでの衝突あれば、相転移温度を十分 超える高温物質の生成が期待できます(図3)。

 

水が温度や圧力の変化によって、固体、液体、気体など様々な形態(相)を取る様に、原子核や 陽子、中性子などの物質相も構造を持つと考えられています。図4は、横軸を密度、縦軸を温度としたときの、 原子核物質の相図を表しています。温度がほとんどゼロで、有限の密度を持った状態が、今我々が触れること ができる通常の原子核です。この原子核を高速の 99.9999% 以上にまで加速・衝突させ、図4中のピンクの ラインの様に、クォークの閉じ込めの殻を破り、QGPを生成する、というのが高エネルギー重イオン衝突実験です。

 

現在では、CERN 研究所のLHC 加速器や、ブルックヘブン国立研究所の RHIC 加速器を用いて、 この様な実験が行われています。原子核の相構造には、QGP相の他に、高密度状態で出現の可能性が 指摘されている「カラー超伝導相」や、「臨界点 (Critical End Point)」の存在などが 理論的に予測されていますが、実験的はまだ確かめられていません。

高エネルギー重イオン衝突の時空発展

高エネルギー重イオン衝突実験の大きな特徴の一つが、扱っている衝突系が静的ではなく、 常に時間変化する「ダイナミカルな系」であるということです。これは宇宙ビックバンと 同じですが、規模が小さいので「リトルバン」と言うことがあります。衝突直前から、 実際に衝突で生成された粒子が実験室の検出器で測定されるまでの時間経過を追うと、 以下の様になります(図5)。

 

 

  • (1)原子核衝突前(衝突の初期条件)
  • (2)原子核衝突直後の様子
  • (3)パートン(クォークとグルーオンの総称)同士の散乱が生じる
  • (4)パートン同士による局所熱平衡状態の実現(QGPの生成)
  • (5)時間と共に温度が冷え、QGP相から物質相(ハドロン相)へ相転移
  • (6)生成粒子は系の膨張ととも流れ、終状態へ

ちなみにこの時の原子核は高速に近いスピードで走っているため、特殊相対論によるローレンツ収縮により、 進行方向に長さが1/γに縮み(γ = 1/sqrt(1-(v/c)^2)、薄い円盤状になっています。その時空発展の様子は、 図6に示されています。図の横軸 (z 軸)がビームの進行方向を、縦軸 (t 軸) が時間軸を 表しています。衝突点は t=0, z=0 の点です。衝突から約 1 fm/c (c は光速) 後、陽子、中性子を 構成するパートン間の散乱がおき、そのパートン散乱の結果、系の温度が相転移温度 (T_c) を超えると、 クォーク・グルーオンの局所的な熱平衡状態が実現され、そこでQGPが生成されると考えられています。 その後、系は時間とともに冷え、ある時点でパートンからハドロン粒子が生成されます。ただこの時点では、 粒子間の非弾性衝突があり、様々な種類の粒子(陽子、パイ中間子、K中間子など)の生成比が固定されて いません。この粒子比が固定される温度を、化学的粒子凍結温度 (T_ch, chemical freeze-out temperature)、と言います。系はさらに膨張を続け、最終的には粒子間の運動量のやり取りが なくなる瞬間、すなわち粒子間の弾性衝突が終わる時を迎えます。これが「運動学的粒子凍結」といい、 そのときの系の温度を運動学的粒子凍結温度 ( T_fo, kinetic freeze-out temperature) と言います。この時点の粒子が、最終的に実験室の検出器で測定されることになります。

これら重イオン衝突の反応の温度のスケールは、100 MeV ~ 10^12 K、(太陽表面の温度は6000 K,  太陽コロナは 500 万K = 5 x 10^6 K)と非常に高いのですが、時間のスケールは、10 fm/c ~ 10^-23  秒と非常に短いことに注意が必要です。

まとめ

高エネルギー重イオン衝突によって、宇宙ビックバンから数10マイクロ秒後に存在したとされる 未知の物質相、クォーク・グルーオンプラズマ(QGP)を実験室で生成し、その性質を調べる研究が、 セルン研究所の LHC加速器 や BNL-RHIC 加速器で行われています。これらの実験は、人類が到達できる 最も高い温度を実験室上で実現し、宇宙初期に迫る実験と言えます。今後の実験により、QGP物性の理解、 宇宙初期の様子がさらに解明されることが期待されています。